2013年3月15日金曜日

最近は精読しています。

繰り返し。

これ、案外していない。

そう気がついたのは最近。

とったノートは開かれることはない、以前書いたBlogも案外見返さない。

なぜ見ないかというと、理由は2つあげられる。

一つは、忘れるという事実と遭遇したくないためだ。
もう一つは理解できたと錯覚すること。

読書は理解してなおかつ、深くレカグナイズしなければならない。

読書は新聞を読むのとわけが違う。

そもそも文字の歴史は浅い。

人類は文字や印刷を発明し、脳の機能が縮小傾向にあるというが、それは事実かもしれない。

つまり読書は、私たちにおいて弊害がある場合があるかもしれないるのだ。

もともと文字は、概念もしくは物の名前や、動作を記した暗号にすぎない。

たとえば、漢字やひらがなは、象形文字から成り立っている。

特に漢字は一文字で、さまざななニュアンスを表現できる、素晴らし機能を持っている。

読書する際、文章や単語を暗号を解読し初めて、内容を理解することができる。

私は今英語を学んでいる。

厄介なのは、膨大な数の英単語だ。

日本人が英語を学ぶという行為は、幼稚園生が難しい参考書を読むことに等しい。

つまり、文字や熟語の読みや書き方から、学ぶわけだ。

従来の学習法では、能率が上がらないばかりか、労力に見合った成果が上がらないケースも多い。

英語学習は、これでいいという方法はないが、楽しんで学べるのが継続の秘訣のようだ。

現在の>>英語学習は次の通り。

それで、私は英語の単語やフレーズ集を買いこみ、英語に対応する画像を探している。

その画想を、ページごとにコラージュし>>印刷。さらにハサミで切り離す。

暗記カードに英単語>>うら印刷した画像を、ノリで一枚ずつ貼っている。

手間がいる半面、加速度的に記憶が深く刻まれる。

画像は情報量が多い>>目で見てわかりやすいし>>五感をカナリ使う。

ノートに比べカードは、情報を絞り込め、何度も見返すことができる。

それ意外に、聞いて書く>>聞き書き取りと音読も合わせて行う。

まとめると>>聞いて>>書き取りと>>音読>>文字とイメージの貼り付け。

最近はこんなふうにして、精読している。

古くから自分の文字のコード化は、秘密とされてきた。

こういった暗号化やその解読は、ジニアスコードといい、一般の領域では使われていないと思おもう。

これまでの読むを、アクセレラィテッドしていくには、誰もが行わない面倒な方法を取る法が楽しい。

私のま我にはあまりいないが>>たくさんPhotoreadingすると、こういった独特な精読をするケースもあるかもしれない。
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学習計画と実績表

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